Secret dream
情に絆されたわけではなかったが、泣き縋られては無下に追い出すわけにも行かず、結局ルルーシュは疑いを払拭しきれないままに、ジェレミアと思しき人物を居候させてやることにした。
「なんでもするから置いてほしい」と言っていたジェレミアだったが、炊事洗濯などの家事は一切やったことがないらしい。
その上、一般常識がかなり欠落しているのだから、到底ルルーシュの役に立つはずもなく、足手まといのお荷物以外の何ものでもなかった。
それでもナナリーは楽しそうで、知識の乏しいジェレミアに、自分の知っていることを教えたり、あれやこれやと世話を妬いたりしているところを見ると、弟でもできたつもりでいるのだろうか。
ジェレミアもナナリーに懐いて、片時も傍を離れようとしない。
が、しかし、「弟」と呼ぶには、見た目的にかなり無理がある。
目の不自由なナナリーにはわからないのだろうが、ジェレミアはどう見ても、ルルーシュより遥かに年上だ。
いい歳をした大人が、小さな少女の言葉にいちいち頷きながら目を輝かせている姿は、とても違和感のある光景だった。
それを横目で見ながら、ルルーシュは痛む頭を抱えて、さっきから一言も声を発していない。
出るのは溜息ばかりで、この厄介な居候をどうしたらいいものかと、考え込んでいる。
率直に言えば、追い出したいと言うのが本音だが、一度置いてやると言ってしまった以上、ルルーシュとしても約束を反故にするのは気が咎めたし、今ジェレミアを追い出せば、ナナリーががっかりすることは間違いなかった。
妹の落ち込む顔は見たくない。
しかし、やはりジェレミアは邪魔だ。
心の中で葛藤しながら、ルルーシュは答えを見つけ出せずにいる。
「・・・お兄様?」
突然声をかけられて、ルルーシュは抱えていた頭を上げた。
「先程から溜息ばかり吐いていらっしゃるようですけど・・・なにか心配事でもあるのですか?」
「別に・・・」
「・・・溜息を吐くと、幸せが逃げてしまいますわよ?」
そう言ったナナリーは、不思議そうに首をかしげている。
その横では、ジェレミアが不安そうな瞳でルルーシュを見つめていた。
「幸せが逃げる」と言うのなら、もう充分にルルーシュは不幸せだった。
妹と二人きりで静かに年の瀬を過ごすと言うささやかな幸せを、目の前の男によってすでにぶち壊しにされている。
だから、ルルーシュの顔は、思いっきり不機嫌だった。
機嫌が悪くなると、ルルーシュは極端に口数が少なくなる。
今日のルルーシュは朝から殆ど口を利いていないのだから、目の見えないナナリーにも、兄の機嫌があまり良くないことは、すぐにわかった。
「ジェレミア様・・・お兄様のお邪魔をしないように、あちらのお部屋に参りませんか?」
「は・・・はい」
ルルーシュの怖い顔に怯えているジェレミアを気遣って、ナナリーは自分の部屋にジェレミアを誘い出した。
一人取り残されたルルーシュは、ますますおもしろくない。
なんとか邪魔なジェレミアを追い出そうと、ルルーシュは本気で思案を開始することにした。
「お兄様のことはあまり気にしないでくださいね」
「・・・ルルーシュさまは、私のことが嫌いなのでしょうか?」
「そんなことはないと思いますが・・・。ただ、少し捻くれていて・・・でも本当はとても優しいんですよ」
「いつも、あんなに怖い顔をしているのですか?」
「顔?・・・私は目が見えませんから・・・表情まではわかりませんが・・・」
「・・・折角綺麗な顔をしているのに・・・」
「ジェレミア様は、お兄様のお顔がお好きですか?」
「は、はい!でも・・・笑ってくれたらもっといいと思います」
「そうですね。私もお兄様が笑ってくれている方が嬉しいです」
にっこりと穏やかな笑顔を浮かべる少女の顔に、ジェレミアは救われたような気がした。
ジェレミアはルルーシュが怖くて仕方がないのだ。
不機嫌な顔のルルーシュに、「出て行け」と言われるのではないかと、不安で堪らないジェレミアは、本当に何も覚えていない。
だから、ここを追い出されてしまったら、どこに行けばいいのかもわからない。
そんな不安を、ナナリーの笑顔は払拭してくれる。
ここにいてもいいのだと言ってくれているようで、ジェレミアの不安定な気持ちが落ち着いた。
ルルーシュが自分を疎ましく思っていることは、鈍いジェレミアにもわかっている。
ジェレミアを見る目も、話しかける声も、とても冷たくて、震えるほどに怖かった。
ナナリーには「笑ってくれたら・・・」とは言ったが、いつも怖い顔をしているルルーシュの笑顔など、ジェレミアには想像もつかない。
それでもジェレミアは、ルルーシュに少しでも気に入られる為にはどうしたらいいのかと、回らない頭で必死に考えていた。
一方、ルルーシュはと言うと、邪魔なジェレミアを追い出す為の策略を、いろいろと思案していた。
幽霊や亡霊の類なら、祈祷でもすればいなくなるのだろうかとも思ったが、真冬の真昼間からいる非常識な幽霊に、それが効果的だとは考え難い。
もっと現実的な方法で追い出すしかないと考えたルルーシュの結論は、ジェレミアに嫌がらせの限りを尽くして、自分から出て行くように仕向けると言う、古典的な手段だった。
「陰湿な嫌がらせ」には、自分でも絶対の自信があるルルーシュは、自他共に認める嫌がらせのスペシャリストだ。
しかし、それをナナリーに悟られてはならない。
もしもルルーシュがジェレミアに嫌がらせをしていることが知られてしまったら、ナナリーはジェレミアを庇うに決まっている。
虐めの現場を押さえられてしまっては、流石のルルーシュでも申し開きはできないが、告げ口くらいならいくらでも言い訳のしようがある。
口先の巧みさにも、ルルーシュは自信があった。
そう、心が決まると、ルルーシュの沈んでいた気持ちは、急激に浮上した。
どんな嫌がらせをしてやろうかと考えただけで、愉しくて愉しくて、心の底から込み上げてくる暗い笑みを隠し切れない。
一日中そればかりを考えていて、気がついたころには夜になっていた。
夕食を終えて、ナナリーを寝かしつけた後に、ルルーシュの陰湿な計画は始められる予定だった。
しかし、片時もナナリーの傍を離れないジェレミアは、当たり前のように寝室までもナナリーと共にしようとしている。
「お、お前はなにを考えているんだッ!?」
「・・・なにかいけないことでも?」
「あ・・・当たり前だ!お前のような、得体の知れない男とナナリーを、同じ部屋で一緒にするわけにはいかない!兄として、この俺が絶対に許さんッ!」
「そんな・・・私のどこがダメなのですか?」
ジェレミアは少しも悪いと思っていない。
ナナリーと一緒に寝ようとしただけで、どうしてルルーシュが怒っているのかも、わかっていなかった。
ジェレミアに、邪な気持ちは微塵もないことは明白だったが、常識の問題である。
「それでは、私はどこで寝ればいいのですか?」
聞かれて、ルルーシュは予備の毛布をジェレミアに投げつけると、
「その辺の床ででも勝手に寝ろ!」
言い捨てて、さっさと自分の寝室へと姿を消してしまった。
仕方なく、ジェレミアは毛布に包まって、部屋の隅で蹲った。
寝室のルルーシュはと言うと、ジェレミアの非常識な行動に計画の出鼻を挫かれて、苛立つ鬱憤を持て余しながら、ベッドに横になっていた。
「・・・まったく、とんでもない奴が舞い込んできたもんだ・・・」
誰に言うでもなく、独り言を呟くと、部屋の温度が急激に下がり始める。
そして、
「随分とお冠の様子だが、私のプレゼントは気に入ってもらえなかったのかい?」
寝転がったルルーシュを見下ろすようにして、クロヴィスがどこからともなく姿を現した。
「当たり前だ!」
昨日とは違い、ルルーシュは少しも違和感なく返事を返した。
「ナナリーは気に入ってくれていたようだが?」
「ただ物珍しいだけだろう・・・。俺は全然気に入らない!だからさっさとお前の非常識な仲間を連れて帰れ!!」
「私の・・・仲間?」
「幽霊の相手をするほど暇じゃないと言っているんだ!」
「私は幽霊だが、あれはナマモノだ・・・。生きている人間だよ。それが証拠に、私と違って足があっただろう?」
言われてクロヴィスを見れば、昨夜は気づかなかったが、確かに足が透けて見えなかった。
「では・・・あれはなんなんだ?ジェレミアは死んだはずだ」
「生きているよ。もっとも、今のあれはお前の知っているジェレミアではないけれど・・・ね」
ルルーシュにはクロヴィスの言っている意味がわからない。
「ある施設で実験体になっていたのを、ちょっと拝借してきたのさ」
「ある施設・・・?なんだそれは」
「それは言えないよ。でも、あそこでは誰もあれを”ジェレミア”なんて名前では呼んでいなかったし、本人だって自分の名前すら覚えていないかもしれないね?私のことも覚えてはいないはずだ・・・」
「どういう・・・意味だ?」
「気づかなかったのかい?あれはとってもお馬鹿さんだっただろう?記憶がないから頭が悪いんだよ」
言われてみれば、あのジェレミアは、確かに頭は悪そうだった。
そんなものをプレゼントとして贈りつけるクロヴィスも、やはり頭が悪いとしか思えない。
ルルーシュは思いっきり嫌な顔をした。
「まぁ、そんな顔をしないで・・・しばらく預かってくれれば、きっといい退屈凌ぎになるとおもうのだけれどねぇ?」
「いらないと言っているんだ!・・・非現実的な幽霊も嫌いだが、俺はお前も含めた”馬鹿”が一番嫌いなんだよッ!」
「実の兄に対して、随分と酷いことを言ってくれるじゃないか・・・涙が出るくらい悲しいよ」
「だったら、勝手に泣いていろ!兎に角、今すぐあの馬鹿を持って帰れ!」
取り付く島もないルルーシュに、クロヴィスは、どこから取り出したのか、目頭にハンカチを当てて、めそめそと泣いているふりをしている。
「”CODE-R”・・・」
「・・・なんだ、それは?」
「あれの暗号名だよ。ギアスとか言う能力にも関係している研究なんだけどねぇ・・・?お前が興味があると思ってわざわざ連れて来たんだけど、そこまでいらないというのなら仕方ない」
「ちょっと待て、ギアスの研究なんて、一体どこの組織が・・・」
「生前の私が研究していたのだ!」
そう言ったクロヴィスは、とても誇らしげだった。
しかし、それとは対照的に、ルルーシュは不興を全開にして顔を歪めている。
「お前・・・死んだんだろう?」
「でもプロジェクトは残っている。今は兄上が引き継いでいるようだけどね」
「シュナイゼルが・・・ギアスの研究を?」
「ギアスについての詳しいことは知らないと思うのだが、プロジェクトは存続している。あのジェレミアがいい証拠だ」
「何も知らないで、目的もわからずに、あのシュナイゼルが資金だけ提供しているとでも言うのか?」
「兄上の目的なら、多分・・・」
「多分?」
「自分の玩具でも作るつもりなのではないのかな?」
「・・・玩具だと?」
「世界最強の玩具の兵士さ。死んでも代わりはいくらでも作れる。・・・もっとも、頭が悪くては使い物にならないけれどね」
微笑みながら恐ろしいことをさらりと言うクロヴィスの言葉に、ルルーシュは眩暈を感じた。
「詳しいことは私の口からは言えないけれど、あのジェレミアからならなにか情報を得られるんじゃないかと思ったのだが・・・そうか、いらないのか・・・」
「・・・ちゃんと回収に来るんだろうな?」
「もちろんだよ。返さないと後が面倒そうだし・・・」
「それなら、しばらく俺が預かってやる」
「本当かい?」
「ああ・・・。但し、ナナリーにはこのことは絶対に言うなよ!」
「わかっているよ。私はお前の前にしか出てこないから安心をおし」